2020年7月26日日曜日

『もっとも遠い星を見た少女スワジ』(『宇宙の森の物語』より)

ミティラー美術館活動を始める前に制作した絵本『宇宙の森の物語』より『もっとも遠い星を見た少女スワジ』をご紹介します。





もっとも遠い星を見た少女スワジ


 

この物語は、古代インドでのできごとである。

年とった聖者は、ダヤの町をあるいていた。夕ぐれの町は、朝にくらべて静け さがあると聖者は思った。聖者の頭にまかれた、白いながい髪のたばからは、 聖なるガンガの水がかわきもせず、ときたま地面におちていた。

聖者は、道ばたによごれた布をしいてすわっている、唖の少女を見た。その少女はスワジだった。聖者は少女のすんだ目をじいっと見た。そして去っていった。スワジは、なにか言いしれないものを感じとって、そうっと聖者のあとをついていった。

聖者は町をでると、岩山をすぎ、うっそうとした森にはいっていった。





聖者が住む深い森に、いつものように静かな朝がおとずれた。聖者は、森 の中にある小さな川にいくと、鳥たちのように朝の光の中で水をあび、小屋にもど ると祈りのうたをうたった。

サルボー ブダー ジャダー ヤダー

サルボー モクティー プラダー イエニ

トゥン ストゥター ストゥター エーイカワ

バブント パー モクター イエニ

スワルガー パー バルガディー

デビー ナラヨニ サンストテ

スワルガー パー バルガディー

デビー ナラヨニ マスストテ





それから聖者は、落ち葉をひろいあつめ、火をつけてあたたまりはじめた。 どこからか白い牛がやってきて、そばにすわった。スワジも出てきた。聖者はまた、スワジのすんだ目を見た。スワジは少しはずかしそうに笑った。

スワジは身ぶりで、「どうしてこのような、おそろしい森に住んでいるのですか」とたずね、枝をおると聖者のそばにいって、虎の足あとを描いた。そして、昨夜おそろしくて眠れなかったことを告げた。白い牛もその話をきいていた。きいていたのは白い牛だけではなかった。近くにいる鳥や、朝の風にゆれる木もきいていた。

聖者は、「森の中にはすべてがある。」といった。人が生きていくのに必要な、すべての物や心を得られるともいった。だから真理をもとめるものは、みんな深い森に住んでいるともいった。そして聖者は、そばにいる白い牛のひたいに手をおいた。




それからというもの、スワジは、この深い森をおとずれるのが好きになった。それだけではなかった。この森の鳥たちも、けものたちも、みんなスワジを好きになったようだった。聖者もそんなスワジを見て、あのすんだ目の秘密を、少しずつ知ったようにも思えた。

いくつかの冬がすぎたあとには、スワジは、聖者のもっている書物をも読むようになっていた。




ある晩のことである。いつものようにスワジが、小さなあかりで書物を読んだ。疲れた目をやすめに、外に出ようとすると、聖者が声をかけた。「おまえはどこへ行こうとしているのか。」スワジは身ぶりで、目の疲れをいい、そのために外の星を見るのだといった。

聖者はしばらくだまっていた。森の島の声がきこえた。

聖者は上をむくと、空を指さし、「おまえには、なぜここから星が見えないのか。」といった。スワジは、そんな言いかたをする聖者が好きだった。小さなあかりに照らされた聖者のまき髪は、 神ごうしくも思えた。

しかしスワジには、星は見えなかった。すすけた屋根しか見ることができなかった。聖者はまだ星を見ていた。




スワジにも、とうとう見えるようになった。あそこらへんに星があるはずだと、そんなふうに思うと、少しずつ星が見えるようだった。そんなスワジを見て聖者はいった。

「もっと遠い星を見てごらん。」

スワジは見ようとした。小さなあかりに照らされたスワジの瞳にも光があらわれ、輝きをましていった。

「まだだれも見たことのない星を、おまえは見ることができる。その星を見たものは、星の中に浮いているといわれている。その星は、もっとも遠いところにある。」

それからほどなく、スワジはその星を見た。スワジの瞳は輝きに満ち、奥深い光が走っていた。

 

それからのちというもの、スワジは、森に住む鹿や鳥たちとたわむれている時でさえ、星の中にいたということだ。